第51期
李東宣さん
(東京大学大学院 総合文化研究科 国際社会科学専攻 博士課程)
2020年10月~2022年9月
私は2020年10月から2年間、オックスフォード大学歴史学部博士課程での勉学を村田海外留学奨学金に支援していただきました。私の専門は17世紀英国の法・政治思想であり、とりわけ宗教思想がいかに法と権利の概念形成に影響を与えたかという点に関心があります。現代英米法や近代権利概念の淵源はしばしば英国17世紀思想に辿られ、長らく宗教とは無関係に語られてきましたが、実は当時の宗教思想の発展と緊密に連動していることが近年明らかになっています。この学問的潮流を牽引している一人にオックスフォード大学のSarah Mortimer教授がおり、私は彼女の指導学生として受け入れられたことで自分の研究関心を大いに深め、新しい知の地平を切り拓くことができました。ウェーバー以来「非合理的」とされてきたカルヴァン主義が近代法・政治思想の合理化に寄与した側面について、今後世に問うていくことがとても楽しみです。
オックスフォード大学歴史学部は同大学が特に誇りとする学部の一つであり、とりわけ近世英国史の研究をするうえでは最適の環境です。私の研究関心だと日本では歴史学部というよりは法学部や他の社会科学系列の学部に収まることが多く、現に私は日本の大学の歴史学部に所属したことがないのですが、英国では歴史学部の裾野の広さから、思想史は多くの場合歴史学部の管轄となります。歴史学部、もしくはオックスフォード大学全体としては多様な背景を有する学生が多いのですが、近世英国史となると途端に白人英語母語話者がほとんどで、非白人英語母語話者かつ英語圏で学位を取ったことのない私は最初とても肩身が狭く感じました。今ではそういう環境に慣れ、マイノリティとしての困難を克服したことが貴重な糧となっていますし、また、或る意味で純度の高い英国文化を体験できたのを幸運に思っています。とはいえ、こうした条件では現地での初期サポートを得ることがとても難しいため、村田海外留学奨学金の2年間のご支援により、少し時間をかけて最先端の研究環境の一員となる機会を得られたことを心から感謝しております。
村田海外留学奨学会は生活費や学費だけでなく、留学前の準備費用や渡航費、そして諸経費といった、駆け出しの研究者として本当にありがたい予算設計をしてくださっております。金銭面だけでなく、事務局のみなさまからいただくメールの一本一本に励まされ続けました。右も左もわからなかった博士課程初期の2年間をご支援いただいたことで、自分に見えている最短距離を効率的に走るよりは、ありとあらゆる失敗をして思いもよらなかった発見を繰り返し、知的に大きく成長する準備作業をする余裕を持てたことはこの上なく幸いでした。さまざまな次元の懸念が日々深まる情勢ですが、憧れの学問の場に足を踏み入れる挑戦が今後も続くよう祈っております。